2016年10月9日日曜日

福島甲状腺検査について

2016年8月 甲状腺検査縮小の可能性が報じられた。しっかり計画するならば、縮小しても問題はない可能性はある。一方、公開されたSuzuki et al.(2016)の論文などを読む限り、残念ながら、しっかり計画する能力が不足しているように見受けられた。
 このため、8月下旬に下記のようなメールを文中にある方々にお送りした。
 8名程度にメールしたが、2名の方から返答頂いた。

 1名は立場上、福島県にコメントしづらいが、濱岡が直接メールしたらしいので、ok。
 もう1名は、検出力の問題など今後、注意した研究が行われることを期待する。ただし、地域差がないという結論は科学的には正しいと考える。という深淵?な回答であった。

 とりあえず24回委員会では、縮小といったことはとりあげられなかったようである。

-------------------------------------
***大学
*先生
 一昨年の****でご挨拶させて頂いた
 慶応大学商学部の濱岡と申します。

 福島での甲状腺検査、1巡目の結果がSuzuki et al.(2016)として公表されました。*****、読んだところ、下 記のような問題が あると考えます。
 検査の縮小という報道もありますが、疑問をもたざるを得ません。
 来月には委員会も開催されるとのことですので、添付させて頂 きますので、 ご参考頂ければ幸いです。
 これに関してはSuzuki et al.(2016)へのレターとして投稿した他、県民健康 管理センターの代表メール、その他「県民健康調査」検討委員で、分析について わかりそうな方にもお送りしました。
  以上よろしくお願い致します。
濱岡豊
慶應義塾大学商学部 教授

---
 さて、いくつかの報道で甲状腺検査の縮小が話題になっていますが、そのよう な判断をすのは不適切だと考えます。再考していただくよう、お願い致します。  以下に、3点にまとめます。

1)パワー、検定力の検討
 先行調査の最終報告、Suzuki et al.(2016)では4地域に分類して、甲状腺癌を 比較しておられます。
 Suzuki et al.(2016)では、年齢、性別も調整し、会津を基準としてロジス ティック回帰することによって、例えば避難地域のOR=1.223[0.554–2.699]と有 意な差がないとされています。その結果、
"The overall prevalence of childhood thyroid cancer in Fukushima was determined to be 37.3 per 100,000 with no significant differences
between evacuated and non-evacuated areas."
 とのべておられます。
 確かに有意ではないのですが、これについてはガンの割合が0.04%と低いの で、検定力を検討する必要があります。
 手許のデータでは上のような調整ができないので、単純に4地域×(ガンなし、 あり)のクロス表について、事後的な検定力を算出したところ10.5%となりました。
 ご存じの通り、放射線とガンに有意な影響があったとしても、検出できる確率 が10%しかないわけです。疫学では、80%は確保すべきだとされているのはご存じ の通りです。
 放射線との影響について結論付けるには、サンプルサイズを拡大する、後述す るようにより敏感な現象に注目する、ケース=コントロールのような分析上の工 夫、もしくは被曝量という連続量を用いた分析をする必要があります。
 当然ながら、単に調査の規模を縮小すると、放射線に関する結論が得られなく なります。


2)3県調査との比較について
 Suzuki et al.(2016)では3県調査と比較し、
"Among 4365 children aged 3–18 years,cysts, nodules, and carcinomas were found in 56.9%, 1.7%,and 0.02% (n = 1), respectively (16), and such proportions were not statistically different from those in Fukushima."
 とされています。検定統計量が明示されていないので確認のため、これも(福 島、3県)×(結節、嚢胞、ガン、所見無し)のクロス表の独立性の検定をしたところ、 高度に有意となりました。 (χ2(df=3)= 149.5, p<0.01)
 これも年齢などは調整していませんので若干のずれはあり得ますが、検定結 果はかわらないでしょう。
 ガンにのみ注目して(福島、3県)×(ガンあり、なし)であれば有意ではなくなり ますが、これは前述のとおり、割合が極めて低いので検定力不足です。
 なお、そもそも3県調査では3つの大学の附属小中高が対象となっているよう で、全県の全子供を対象とした福島とはサンプリング手法が異なっています。 よって、単純な比較は困難であることが原論文(Hayashida et al. 2013,2015) でも注意喚起されています。
 例えば福島県の心の調査でとられているような項目を3県でも調査されてい れば、マッチングさせることも可能でしたが、それらは調査されていないとのこ とです。3県調査のサンプリング、サンプルサイズ、調査項目など、疫学的な検討 が不足していたと考えられます。
 福島での調査・検査に関しては、そのようなことがなきようにお願い致します。

3)4地区分類について
 先行調査の最終報告、Suzuki et al.(2016)では4地区に区分されていますが、 これについても問題があります。同じ地区に分類することは、それらに含まれる 市町村の例えば被曝量は同じようなものであることが前提になります。
 しかし、例えば避難地域には基本調査の外部線量が平均4mSvを越える飯舘か ら、0.6mSvと比較的低い広野が含まれています。
 これについて、公開されている基本調査の結果 避難地域13市町村×16線量区 分の独立性の検定を行ったところ、有意となりました(χ2(df=48)= 6000, p<1e- 16)。ただし、高線量カテゴリは0が多いので5カテゴリに集計。
 中通り、相馬・いわきについても同様です。地域に含まれている市町村間では 被曝量の分布が異なるわけですから、それらを同一地域に分類することが不適 切です。
 個人別の被曝量などを用いた適切な分析をお願い致します。もしできないの であれば、匿名化データを公開してくださるようお願い致します。

 以上、長文になりましたが、科学的、疫学的な検討が不足しているように見受 けられます。しっかり行ってただき、意思決定されるようお願い致します。
濱岡
慶應義塾大学商学部教授


P.S.
 下記では市町村別データを用いて、結節とUNSCEARが推定した甲状腺線量を用 いて分析しています。被曝量と結節には正で有意な相関が得られています。
 参考までに結節は0.7%の受診者に見つかっていますので、4地域×結節有無の クロス表の事後検定力は100%となります。放射線は甲状腺癌だけでなく甲状腺 結節とも正の相関があることが原爆、医療被曝の分析から見いだされています。
 関連研究のサーベイもしていますので、ご参照下さい。
濱岡豊 (2015), "放射線被曝と甲状腺結節 関連研究のサーベイと福島甲状腺 検査の分析," 科学 (6月号), 586-95.


参照文献
Hayashida, N., M. Imaizumi, H. Shimura, N. Okubo, Y. Asari, T. Nigawara, S. Midorikawa, K. Kotani, S. Nakaji, A. Otsuru, T. Akamizu, M. Kitaoka, S. Suzuki, N. Taniguchi, S. Yamashita, N. Takamura, and Findings Investigation Committee for the Proportion of Thyroid Ultrasound (2013), "Thyroid Ultrasound Findings in Children from Three Japanese Prefectures: Aomori, Yamanashi and Nagasaki," PLoS One, 8 (12), e83220.

Hayashida, N., et al. 2015 Thyroid ultrasound findings in a follow-up survey of children from three Japanese prefectures: Aomori, Yamanashi, and Nagasaki. Sci Rep 5:9046.

Suzuki, Shinichi, Satoru Suzuki, Toshihiko Fukushima, Sanae Midorikawa, Hiroki Shimura, Takashi Matsuzuka, Tetsuo Ishikawa, Hideto Takahashi, Akira Ohtsuru, Akira Sakai, Mitsuaki Hosoya, Seiji Yasumura, Kenneth E. Nollet, Tetsuya Ohira, Hitoshi Ohto, Masafumi Abe, Kenji Kamiya, and Shunichi Yamashita (2016), "Comprehensive Survey Results of Childhood Thyroid Ultrasound Examinations in Fukushima in the First Four Years after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident," Thyroid, 26 (6), 843-51.