2020年7月31日金曜日

福島第一原発からの汚染水(多核種除去設備等処理水)の取扱いに関する意見


パブコメ 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する書面での意見募集に投稿した内容。

半角カナは受け付けられないので、すべてを全角に変換して投稿した。


福島第一原発からの汚染水(多核種除去設備等処理水)の取扱いに関する意見

 

2020/7/31

濱岡 豊

hamaoka@fbc.keio.ac.jp

1.総論

 以下の理由により「海洋放出案は不適切であり、タンクの設置による長期管理が現実的である。」

 以下、その理由をコメントする。括弧内のページは多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(2020)の該当ページである。

2.各論

1)現実的な期間の設定

 議論の前提として、「冷温停止を達成した2011 12 月から30 年~40 年で廃止措置を完了することを目標としており(p.12)」「中間貯蔵開始後30 年以内に、福島県外での最終処分を完了するための必要な措置を講ずることを前提(p.12)」にみられるように、40年間を目標としている。しかし、東京電力は福島第二原子力発電所の廃止ですら1基あたり30年間かかると想定している[1]

 原発災害から約10年経過したが、溶融燃料の取り出し、保管方法など技術的、社会的に未解決であり、40年間で解決できる可能性は皆無である。チェルノブイリでは100年間は閉じ込めるNew Safe Confinementを構築した。福島原発についても100年レベルを想定した実現性のある計画に見直すべきである。

 「こうした状況に鑑みれば、タンク保管の継続については、設置効率を高めてきた標準タンクを用いて、敷地の中で行っていくほかなく、現行計画以上のタンク増設の余地は限定的であると言わざるを得ない(p.13)」のように、タンクの増設が不可能ともされているが、仮に100年間を想定した場合、原発周辺の土地利用については、国等による購入もしくは長期借り上などが現実的となり、土地利用の自由度も高くなる。 40年間という無責任な目標に基づく性急な議論ではなく、現実的で責任のある議論を行うべきである。

2)前提としての放射性物質と量、コストの確定

 「ALPS はトリチウム以外の 62 種類の放射性物質を告示濃度未満まで浄化する能力を有しているが(p.3)」とあるが、62種類では14Cなど重要な核種が無視されている[2]。ロンドン条約に関しては295核種について検討された[3]

 さらに、汚染水処理後も濃度基準を超える処理水が保管されているが、それらの試験的な再処理を9月から行うことが730日になって発表された。残留する放射性物質の種類、量を確定させなければ、それの保管、排出、費用を議論できるはずもない。

 

3)放射性物質排出の総量管理:事故前以前のレベルに抑制すべき。

 「トリチウムは、原子力発電所を運転することに伴い国内外の原子力発電所でも発生している(p.15)。」のように、他の原発などからの放出量が多いことを言い訳にしているが論外である。福島第一原子力発電所の事故前の放射性液体廃棄物の放出実績をみるとCsCoIなどは検出されず、3のみで5.9×109Bqであった(平成22年度 第1四半期)。年間放出管理目標値についても3のみ設定されており2.2×1013 Bqであった[4]

 福島原発事故によって主要な放射性物質だけでも133Xe:11000 PBq131I:160 PBq、 134Cs:18 PBq137Cs:15PBq などが放出された[5]P(ペタ)1015乗であり、ここで議論している兆=1012乗の1000倍である。それだけの環境負荷を与えただけでなく、その後も福島原発からは年間5Bq程度が放出されている[6]

 「なお、水蒸気放出に係るトリチウムの放出管理の基準値は定められていなかった。また、福島第一原発事故後、2012 11 月に、福島第一原発が特定原子力施設に指定され、号機から4号機の放出管理目標値や放出管理の基準値は定められていない。(p.19)」とあるが、基準を設定しこれら含めて総量管理すべきである。

 福島原発からはトリチウム以外に多くの核種が放出されているのであり、トリチウムの年間排出量は、事故前の年間排出量よりも低い水準に保つべきである。それを上限とすると、長期間かけた海洋放出は非現実的である。

4)風評ではなく実害と捉えるべき

 「風評被害は、安全が関わる社会問題(事件・事故・環境汚染・災害・不況)が報道され、本来 『安全』とされる食品・商品・土地・企業を人々が危険視し、消費や観光をやめることによって引き起こされる経済的被害であると考えられ、放射線の影響による直接の「事実上の損害」とは 区別して考えられる。(p.29)」とりているが、その例として、「日本各地で放射性降下物が確認され」た1954 年の第五福竜丸被爆事件を挙げており、風評被害を誤った解釈している。放射性降下物が確認されたのであるから、健康などへの影響という実害を心配するのは当然である。これを風評として扱うこと自体が根本的な誤りである。

 なお、各案の比較に、風評対策の費用が含まれていない。「風評払拭・リスクコミュニケーションの強化 」のため、R2年度だけでも、福島県農林水産業再生総合事業として47億円、観光復興関連事業38億円が要求されている。海洋放出するとこれらの費用が増大することは確実であり、それを考慮したコスト評価をすべきである[7]

 

5)選択肢の公正な比較の必要性:長期タンク保存の優位性

「表5.各処分方法の社会的影響の特徴(p.24)」では、地層注入・地下埋設を同一視しているが、前者は液体そのまま、地下埋設はタンクを埋設する。後者については「地下からの漏えいによる汚染が懸念される」可能性は極めて低い。

 例えばJOGMECのページを漏洩で検索しても、石油備蓄タンクからの石油の漏洩に関するものはない[8]。特に苫小牧東部国家石油備蓄基地は、2018年北海道胆振東部地震によるタンクへの被害は報告されていない。

 さらに「地下埋設については、固化による発熱があるため、水分の蒸発(トリチウムの水蒸気放出)を伴うほか、新たな規制の設定が必要となる可能性があり、処分場の確保が課題となる(p.25)」。とあるが、固化による発熱が問題となるのであれば、石油備蓄タンクの方がよほど危険なはずである。また、新たなにどのような規制が生じるのかも不明確である。

 これらの石油備蓄基地規模のタンクに長期保管する技術は確立しており、タンクに保管するという原子力市民委員会の提案[9]には高い合理性がある。

 「こうした社会的な影響については、心理的な消費行動等によるところが大きいことから、その影響量について、一定の仮定のもとに見積もることはできるものの、総合的に大小を比較することは難しいと考えられる。(p.25)」とあるが、この程度の影響はCVMなどで一定の精度で評価できる。影響をうける人数を考慮すれば、全世界に影響が広がる海洋、大気が最も影響が大きく、タンク内長期保管がもっとも小さいことは自明である。

 

6)漁業者や市民の意見の反映

 「135 名の方から意見をお伺いした。意見としては、主に、タンクに保管されているALPS処理水の安全性についての不安、風評被害が懸念されるため海洋放出に反対など、ALPS処理水の処分に関して、様々な懸念点をいただいた。(p.8)」とあるが、135名のほとんどが海洋放出に反対であった[10]

 一方で、20204月以降、多核種除去設備等処理水の取扱いに係る関係者の御意見を伺う場 として、5回を開催したが、どのようにしてこれら参加者を選んだのかが不明である。海洋は日本の国内、世界につながっている。経産省の選んだ特定の者ではなく、市民、世界からも広く母意見をきくべきである。なお、5限られた出席者の中でも漁業者は明確に反対している。漁業者や市民の意見を無視すべきではない。

7)海洋放出の問題点

 海洋放出には社会的影響が大きいだけでなく、小委員会報告でも「水蒸気放出では、ALPS 処理水に含 まれるいくつかの核種は放出されず乾固して残ることが予想され、環境に放出する核種を減らせるが、残渣が放射性廃棄物となり残ることにも留意が必要である(p.25)。」 とある。このように問題となる「ALPS 処理水に含まれるいくつかの核種」を海洋に放出することは不適切である。

8)放射線被ばくに関する知識のupdate不足

「(放射線の生体影響)確率的影響は線量の増大につれて発生確率が増すが、100mSv を下回ると統計的に有意な増加は見られなくなる(自然発生頻度の変動の範囲内となる)。(p.16)」とあるが、古く不適切な知見に基づく記述である。平均被曝量100mSv以下を分析対象として、有意な係数が得られている論文は多くある(例えば、Richardson et al.(2015)、 Leuraud et al.(2015)NCRPの最近のレポートでもこのことを認めている。“Most of the larger, stronger studies broadly supported an LNT model. Furthermore, the preponderance of study subjects had cumulative doses <100 mGy (NCRP 2018,p.6)”

 健康影響は極めて重大な問題であり、最新の知見に基づいて議論すべきである。

 

3.おわりに

 「海洋放出案は不適切であり、長期的に保管するタンクの設置による長期管理が現実的である。」ことを繰り返しておく。

 

参考文献

 

Leuraud et al. (2015), "Ionising Radiation and Risk of Death from Leukaemia and Lymphoma in Radiation-Monitored Workers (Inworks): An International Cohort Study," The Lancet Haematology, 2 (7), e276–e81.

 

Richardson et al. (2015), "Risk of Cancer from Occupational Exposure to Ionising Radiation: Retrospective Cohort Study of Workers in France, the United Kingdom, and the United States (Inworks)," Bmj, 351, h5359.

 

吉川肇子 (2018), "社会の危機に備える : 「想定」「記録」「警戒」," 科学, 88 (10), 980-86.

 

多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会 (2020), "多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会報告書," 

 

 



[1] 「他の廃炉プラントと同様、廃炉工程は1基あたり30年程度を見込んでいますが、福 島第一の廃炉と並行することを踏まえ、人的リソース配分等に十分配慮していく必 要があるため、全 4 基の廃炉を終えるには 40 年を超える期間が必要な見通しです。 」

https://www.tepco.co.jp/press/release/2019/pdf3/190731j0101.pdf

[2]あべともこ事務所「ALPS処理水の濃度に考慮されていない核種があることに関する質問主意書」http://www.abetomoko.jp/data/archives/234

[3] https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/004/004/attach/1267061.htm

[4]福島第一原子力発電所 放射性廃棄物管理状況(平成22年度 第1四半期放射性液体廃棄物の放出量  3H: 2.2×109 Bq

https://www.tepco.co.jp/nu/f1-np/data_lib/pdfdata/bpe22a-j.pdf

[5] https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h29kisoshiryo/h29kiso-02-02-05.html

  • [6]NHK 「福島第一原発 放射性物質の放出量が前年比2倍に」2019

「去年1月までの1年間の放出量は4億7100万ベクレルほどだったのに対し、ことし1月までの1年間の放出量は9億3300万ベクレルほど」https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/15071.html

[7] GAP認証の取得、海外を含む農林水産物の販路拡 大と需要の喚起など、生産から流通・販売に至るまで、 風評払拭を総合的に支援 (農林水産省、R2要求額:47億円。被災地の風評を払拭し、東北の観光 復興を実現するため、 (復興庁、国土交通省、R2要求額:38億円

https://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat8/sub-cat8-3/190830gaisanyoukyusanko.pdf

[8]事業所におけるボイラ給水施設の塩酸タンクからの塩酸漏洩はあるが、石油備蓄タンクに関する漏洩ではない。http://www.jogmec.go.jp/news/release/news_06_000078.html

[9] 原子力市民委員会 原子力規制部会

ALPS 処理水取扱いへの見解」http://www.ccnejapan.com/?p=10445

[10]書面で提出頂いたご意見  https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/shomen_iken__.pdf