2018年2月23日金曜日

日本学術会議 臨床医学委員会 放射線防護・リスクマネジメント分科会(2017) "報告 子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題−現在の科学的知見を福島で生かすために"へのコメント

 ある目的でまとめたものを公開。以下、同報告書からの引用は(報告書)として表記し、同報告書で引用されている文献は[]のように示し、脚注にその書誌情報を記す。

○全体としてなにが言いたいのかが不明である。
 「現在の科学的知見を福島で生かすために」とあるが、後述するようになにが福島でわかっているのかが明示されていない。さらに、放射線被曝の科学的知見についても、国際的機関による最新のものを引用せず、個別研究やレターを引用し、様々な視点があるとしている。このため、福島で分かっていることだけでなく、科学的知見についても明確に示されていない。事故後、7年近くが経過しており低線量被曝の科学的な論争をすることよりも、事故前までの科学的知見・政策体系を前提として対策を考えるべきである。
 まずは事故前までの放射線の健康影響についての科学的コンセンサス、政策を明示し、福島で観察されている事実の整理、解釈、批判的検討を行った上で、これらを踏まえた課題を整理すべきである。

○文献の引用に一貫性がなく、被曝による影響がない文献が強調されている。これによって、現在の科学的知見が歪曲されている。
 例えば、「2 子どもの放射線被ばくの影響 (1) 子どもの放射線被ばくによる健康影響に関する科学的根拠 子どもの放射線被ばくの健康影響に関する国際機関の見解」として、「ア 有害な組織反応(確定的影響)」「イ 発がん(確率的影響)」についてはUNSCEAR2013年レポート[13]を引用しているが、「ウ 遺伝性影響」については、UNSCEAR 2001年と古いレポート[15]に基づいて記述している。 「エ 子宮内被ばくの影響」については、UNSCEAR2013[13]には含まれていないためだと思われるが、科学的知見をまとめたUNSCEARではなくICRP1990年、2007年勧告[16] [17]が引用されている。UNSCEARは、2010年に低線量被曝に関する短い報告をまとめており、こちらを引用すべきである[1]
 このように最新の国際機関による科学的知見が引用されていないだけでなく、引用の方法にも偏りがある。前述の「イ 発がん(確率的影響)」についてはUNSCEAR2013年レポート[13]にある、部位別の結果を紹介している。ただし、原文ではエビデンスレベルも明示されているが、報告書・表1では、削除されている。例えば、子供の方が感受性が低いとされている肺について、UNSCEAR2013年のTable13では、エビデンスレベルはmoderateに過ぎない[2]。これに対して、子供の方がリスクが高いbreast, brain, thyroid, leukemiaのエビデンスレベルはstrongである。科学的知見としてはエビデンスレベルが高いものを優先すべきであるが、この報告書では、エビデンスレベルについて紹介していない。なお、子供にはすべての部位があるので、部位別にリスクの高低を議論する必要はない。
 「エ 子宮内被ばくの影響」について、UNSCEAR(2011)では、子宮内被曝での胎児は特に感受性が高く、10mSvでもリスクが上昇することが述べられている[3]。このように10mSvでもリスクがあることがUNSCEARで認められているにもかかわらず、ここで取り上げられていないのも極めて大きな問題である。
 この他、福島での地域差があることを報告する論文[54,55][4]への反論レター[5]があること、それに対してさらに反論[71]している事実を紹介し、「この論争が決着するには、甲状腺検査を継続して、経時的変化から判断するか、福島県以外の県で同規模の同様の甲状腺検査を実施して比較する方法が考えられる。(報告書p.14) 」としている。筆者の反論レター[71] を読めば、反論に対しては適切に反論していることがわかるはずである。
 最後の「③ LNT モデルをめぐる議論」で、「最近では、100mSv 以下の被ばくによる有意な健康影響を示したとする疫学調査の結果が原発労働者や医療被ばくなどの積算線量との関係から報告されているが[29-32, 75, 76]、こうした研究をLNT モデルが科学的に実証された根拠として認めるかどうかには、専門家間での見解の相違がある。(報告書p.16)」とあるが、相違を主張する文献が引用されていない。筆者が知る限りでは、それらはNagataki and Kasagi(2015)のようなレターレベルでありエビデンスレベルには格段の違いがある。
 このように、最新の科学的な知見を引用していないだけでなく、記述についても放射線のリスクを低くみせる方向に偏っている。

○福島についての事実を分析、評価していない。
 「(3) 福島原発事故による子どもの健康影響に関する社会の認識  放射性ヨウ素と甲状腺がんに関する社会の受け止め方」はあるが、福島の「科学的」事実について解説、解釈していない。例えば、 「平成28(2016)12月末日までに185人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」と判定され、このうち146人が手術を受けたという数値が発表されている。(報告書p.11)」といった記述はある。これは1巡目、2巡目をあわせた数字であることを無視している。検査開始前は子供の甲状腺がんの発症は百万人に数件でありとされていたが、実際には116件みつかった。さらに1巡目は既存のがんを掘り起こしているのであり、2巡目からは激減するだろうともされたが、実際には71件がみつかった。それぞれ、検査確定者の0.039%0.026%[6]と大きな差はなく、前述のような説明は破綻している。さらに、手術が行われた96件中、リンパ節転移が72例(74%)に認められているといった重要な情報が取り上げられていない[7]
 これまでに福島医大によって行われた分析も1巡目の結果を使ったものばかりであり、それらは地域差がなかったとしている[79] [80][8]。ただし、これらは福島県内の市町村を4地域もしくは3地域に集計して比較したものであり、同一地域に被曝量の異なる市町村が混在していること、がんのprevalence0.03%のオーダーであり、地域差を検出するには検定力が不足するといった限界が指摘されている(Hamaoka2016,2017; 濱岡 2016)。この報告書では、そのような批判的なレターについては取り上げられていない。
 1巡目についての福島県健康調査委員会の中間とりまとめでは「今後、仮に被ばくの影響で甲状腺がんが発生するとして、どういうデータ(分析)によって、影響を確認していくのか、その点の『考え方』を現時点で予め示しておくべきである。[9]」とされたが、未だに分析の方向性すら示されていない。
 このように、福島県の甲状腺調査については様々な問題があるが、そもそも分析計画が策定されていないという根本的な問題がある。まずは、この点を明確にして、現在得られたデータを分析、結果を解釈すべきである。


○福島での調査に関わってきた者が本分科会の副委員長、委員として参加している。福島での課題を明らかにするには、中立性に欠ける。
 放射線医学健康管理実施本部会議・第1回実施本部会議(2011/09/07)[10]には、議員として本分科会の山下氏(同会議当時 福島県立医科大学副学長、放射線医学県民健康管理センター・センター長)、神谷氏(同 福島県立医科大学副学長、放射線医学県民健康管理センター・副センター長)安村氏(福島県立医科大学医学部教授)が出席している。
 上述のように、同調査には分析計画の欠如などの問題があるが、当事者が調査の問題点を指摘できるはずはない。委員については中立的な体制とすべきである。

以上


引用文献
  
Hamaoka, Y. (2017), "Re: "Comprehensive Survey Results of Childhood Thyroid Ultrasound Examinations in Fukushima in the First Four Years after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident" by Suzuki Et Al. (Thyroid 2016;26:843-851)," Thyroid, 27 (8), 1105-06.

Hamaoka, Yutaka (2016), "Comment on " Comparison of Childhood Thyroid Cancer in Fukushima"," Medicine, Correspondence Blog, http://journals.lww.com/md-journal/Blog/MedicineCorrespondenceBlog/pages/post.aspx?PostID=39.

Nagataki, Shigenobu and Fumiyoshi Kasagi (2015), "Inworks Study: Risk of Leukaemia from Protracted Radiation Exposure," The Lancet Haematology, 2 (10), e404.

UNSCEAR (2011), Unscear 2010 Report: Summary of Low-Dose Radiation Effects on Health: http://www.unscear.org/docs/reports/2010/UNSCEAR_2010_Report_M.pdf.

濱岡豊(2016), "福島県における甲状腺検査の諸問題," 科学, 86 (11), 1090-101.




[1][13] UNSCEAR, Sources, Effects and Risks of Ionizing Radiation. Volume II; Scientific Annex B, UNSCEAR Report 2013, 2013
[15] UNSCEAR, Hereditary Effects of Radiation. UNSCEAR Report 2001, 2001
[16] ICRP, 1990 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection. ICRP Publication 60. Ann. ICRP 21 (1-3), 1991. 
[17] ICRP, The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection. ICRP Publication 103. Ann. ICRP 37 (2-4), 2007 

[2]これについては翻訳にも問題がある。原文では「for about 30 per cent of cancer types (e.g. Hodgkin's disease and prostate, rectum and uterus cancer), there is only a weak relationship or none at all between radiation exposure and risk at any age of exposure(p.vi)」を「またホジキンリンパ腫、前立 腺がん、子宮がんなどを含む約30%の腫瘍では、全ての被ばく時年齢で、放射線被ばくとリスクの間の相関がほとんど観察されなかった。(p.3)」。
[3]"Risk estimates vary with age, with younger people generally being more sensitive studies of in utero radiation exposures show that the fetus is particularly sensitive, with elevated risk being detected at doses of 10 mGy and above.(UNSCEAR(2011),p.8"
[4][54] Tsuda T et al, Thyroid cancer detection by ultrasound among residents ages 18 years and younger in Fukushima, Japan: 2011 to 2014. Epidemiology 27(3): 316-322, 2016 
[55] 津田敏秀、福島県でのリスクコミュニケーションと健康対策の欠如-医学的根拠に 基づいた放射線の人体影響とは学術の動向22(4):19-27, 2017

[5][71] Tsuda T et al, The Authors Respond. Epidemiology 27(3): e21-e23, 2016 
[6]8回甲状腺検査評価部会(平成291130日) 資料1-5 甲状腺検査結果の状況より計算。http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/244310.pdf
[7]鈴木眞一「手術の適応症例について」(20158)では96例の結果が紹介されている。 https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/129308.pdf
「なお、リンパ節転移は全症例中23例(24%)が陽性であり、遠隔転移は2例(2%)に多発性肺転移を疑った。術式は、甲状腺全摘6例(6%)、片葉切除90例(94%)、リンパ節郭清は全例に実施し、中央領域のみ実施が80%、外側領域まで実施が20%であった。出来る限り3cmの小切開創にて行った。術後病理診断では、軽度甲状腺外浸潤のあった14例を除いた腫瘍径10㎜以下は28例(29%)であった。リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 M0)は8例(8%)であった。
 全症例96例のうち軽度甲状腺外浸潤pEX138例(39%)に認め、リンパ節転移は72例(74%) が陽性であった。術後合併症(術後出血、永続的反回神経麻痺、副甲状腺機能低下症、片葉切除後の甲状腺機能低下)は認めていない。」
[8][79] Suzuki S et al, Comprehensive survey results of childhood thyroid ultrasound examinations in Fukushima in the first four years after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident. Thyroid 26(6): 843-851, 2016
[80] Ohira T et al, Comparison of childhood thyroid cancer prevalence among 3 areas based on external radiation dose after the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident: The Fukushima health management survey. Medicine
95(35): e4472, 2016
[9]福島県県民健康調査検討委員会(2016), 「県民健康調査における中間取りまとめ」http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/158522.pdf(accessed 2017/5/19) 
[10]福島県立医科大学デジタルアーカイブ「第1回 実施本部会議(2011/09/07)
https://www.i-repository.net/il/cont/01/G0000338fmu/000/307/000307797.pdf?log=true&mid=JIS-001-20110907&d=1518448602829
放射線医学健康管理実施本部会議 第1回実施本部会議(2011/09/07)には議員として山下(福島県立医科大学副学長、放射線医学県民健康管理センター・センター長)、神谷(福島県立医科大学副学長、放射線医学県民健康管理センター・副センター長)安村 誠司が出席している。 

2018年1月30日火曜日

放射線疫学に関して、ここまでに書いたものを整理
*typoやリンク修正、追加などは断り無しに適宜行う。
・下記の論点の多くを含むもの
  • 濱岡豊(2014)”放射線被曝関連データの再分析” 「多様な分野における統計科学の教育・理論・応用の新展開」,10月24日、新潟大学 こちらに 原稿  概要 

・原爆被爆者分析の問題点について
 最も重要なデータとされるが、不適切な分析がされていることを指摘。
  • 濱岡豊(2015)「広島・長崎原爆被爆者データの再分析」『科学(岩波書店)』, Vol.85, No.9, pp.875-888 サポートページ(参考文献リンクなど
    • 100mSvを越えると有意になるというが、サンプルを低線量に限定して検定力を落とした不適切な分析による。また、複数の関数型を想定しているが、それらから最良のモデルが選択されていないという問題、個人レベルのデータを集計して情報を捨てているという問題もある。
    • LSS14データを再分析することによって、線形もしくは閾値があったとしても数十mSvであること、データを集計することによって検定力が低下することなどを示したもの。
  • LSS(Life Span Study) 13報 被爆者データのRによる分析
    • 一つ古いデータでの実行例
・福島での甲状腺検査データの分析
 がんに注目されるが、その前段階である結節にも注目して、「1巡目」の市町村レベルの公開データで分析。小さい結節、大きい結節については被曝量(UNSCEAR)と相関があることを示した。甲状腺「がん」の発症については、地域差がないという説が述べられているが、結節についてはそうではないことを示した。
  • 濱岡豊(2015)「放射線被曝と甲状腺結節 関連研究のサーベイと福島甲状腺検査の分析」『科学(岩波書店)』, Vol.85, No.6, pp.586-595
  • Hamaoka, Yutaka (2017)"Thyroid Nodules in Fukushima," IAE 2017, Saitama, Aug. 19-22, 201
    • 同様の分析を行い、2巡目のがんについて「基本調査」での外部線量が有意となることを示した。
    • 参考)秋葉氏らの論文

・甲状腺検査を巡る諸問題
 福島医大によって書かれている論文をみると、地域差がないとしているが、被曝量の異なる市町村を混ぜており不適切な地域区分。がんだと0.03%オーダー。これの地域差を議論するには検定力が不足していることなどの問題点を指摘。

・米国核施設従業員データの再分析
 100mSv閾値説の根源と考えられる原爆データ分析の問題点は上述の通り。放射線疫学に関する研究をレビュー。100mSv以下でも有意となるものが多くあることを紹介。ただし、これらの多くも個人レベルデータを集計して検定力を落としているという問題がある。公開されている米国のデータを再分析、集計データでは検出されなかった放射線の影響が、個人レベルのデータを用いると有意になることを示した。
  • 濱岡豊(2016)「原子力施設従業員長期被曝データ分析の動向」『科学(岩波書店)』, Vol.86, No.3, pp.258-263
    • レビュー
  • 濱岡豊(2015)「長期低線量被曝研究からの知見・課題と再分析」『科学(岩波書店)』, Vol.85, No.10, pp.985-1006
    • 濱岡による米国核施設従業員の再分析を含む。→集計データでは検出されなかった放射線の影響が、個人レベルのデータを用いると有意になることを示した。
  • Hamaoka, Yutaka (2013)"It is time to say goodbye to Poisson Regression," MELODI 2013Workshop , Brussels,Belgium, Oct. 7-10, 2013, (abstract accepted for poster) (posterはここから) 上記のロジットモデル版までの結果

・低線量被曝関連研究のサーベイなど
 100mSv閾値説の根源と考えられる原爆データ分析の問題点は上述の通り。放射線疫学に関する研究をレビュー。100mSv以下でも有意となるものが多くあることを紹介。ただし、これらの多くも個人レベルデータを集計して検定力を落としているという問題がある。
  • 濱岡豊(2016)「原子力施設従業員長期被曝データ分析の動向」『科学(岩波書店)』, Vol.86, No.3, pp.258-263


・放射線生物学データの再分析
 閾値がある、ホルミシス効果などが主張されている放射線生物学における論文の問題点を指摘。再分析することによって、そうではないことを示した。

  • Hamaoka, Yutaka (2015)"Re-Analysis of Radiation Biological Data: Are There Threshold and/or Hormesis Effect?," 2015 International Conference on Radiation Research, Kyoto: Japan, May 19-22, 2015, 
・その他

  • Hamaoka, Yutaka(2016) "Comment on “The Birth of the Illegitimate Linear No-threshold Model: An Invalid Paradigm for Estimating Risk Following Low-dose Radiation Exposure”, American Journal of Clinical Oncology, Vol. 39, No. 4, pp.424–425, doi: 10.1097/COC.0000000000000287 有料 (Siegel et al.の論文へのコメント)


・情報源など

・Togetterなど