放射線の健康影響についての情報提供
ある方の著書を読んだところ、いろいろご存じないようなので下記の資料を作成してメールした。せっかくまとめたので公開する(実際に送ったものから、アップデートした)。
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先生のご著書、特に前半部分を拝読しました。ご存じで、無視されたのか不明ですが、下記の点から、この基準は高すぎると考えますがいかがでしょうか。
1)個人線量計での測定値とがん死リスク:原発従業員のデータ
原発従業員は古くはフィルム、最近はガラスバッジ、個人線量計などで被曝量を把握されています。その記録と癌による死亡を追跡した疫学調査があります。(放射線影響協会,
2010)
出所)
放射線影響協会 (2010),p.28
この対象について、トレンド検定という原始的な方法ですが、下記のように固形ガンについては、線量との間に正で有意な相関が見いだされています。
出所)
放射線影響協会 (2010),p.46
喫煙などとの交絡の可能性があるとしていますが、現在、過去喫煙の割合は10mSv以下の方で74.8%、100mSv以上の方で81.4%ということなので、さほど大きな差でもありません(放射線影響協会, 2005)
なお、重要なのは原発従業員ですので、18才以上のみが調査対象だということです。次に述べるように同じ被曝量でも子供の方がリスクは高くなります。
参考までに、先生の著書で参考にされている祖父江先生はこの調査にも委員として携わられており、II期の結果をまとめた論文の共著者となっておられます(Iwasaki et al., 2003)。また、IV期調査でも解析検討委員会などをされています。
2)被曝時年齢について
著書でLSSが紹介されていますが、この調査では、被曝時年齢と過剰リスクとの関係も分析されています。
LSS13(Preston, Shimizu, Pierce, Suyama, & Mabuchi, 2003)からの下図にあるように、被曝時年齢が低いほどERRが高くなることが知られています。40代で被曝した場合と10代で被曝した場合にはリスクが大きく異なります。子供への特段の配慮をすべきだと考えます。
UNSCEARは2013年、福島レポート(UNSCEAR, 2014)とあわせて、子供への影響についての報告書をまとめています(UNSCEAR, 2013)。様々な研究がサーベイされており大変参考になりますが、p.Vには下記のように総括されています。少なくともleukemia and thyroid, skin, breast and brain cancer,
children were clearly more radiosensitive.とされています。リスク評価の際も子供への影響を最重視すべきです。
47. At its sixtieth session the Committee considered the
effects of radiation exposure of children and reached the following
conclusions:
(a) For a given radiation dose, children are generally at
more risk of tumor induction than are adults. Cancers potentially induced by
exposure to ionizing radiation at young ages may occur within a few years, but
also decades later. In its report on its fifty-fourth session, the Committee
stated that estimates of lifetime cancer risk for those exposed as children
were uncertain and might be a factor of 2 to 3 times as high as estimates for a
population exposed at all ages.* That conclusion was based on a lifetime risk
projection model combining the risks of all tumour types together;
(b) The Committee has reviewed evolving scientific
material and notes that radiogenic tumour incidence in children is more variable
than in adults and depends on the tumour type, age and gender. The term “radiation sensitivity” with regard to cancer induction refers to the rate of radiogenic
tumour induction. The Committee reviewed 23 different cancer types. Broadly,
for about 25 per cent of these cancer types, including leukemia and thyroid,
skin, breast and brain cancer, children were clearly more radiosensitive. For
some of these types, depending on the circumstances, the risks can be
considerably higher for children than for adults. Some of these cancer types
are highly relevant for evaluating the radiological
3)ICRPの基準について
著書ではICRPのまとめた知見のみを参考にされているようです。ご存じのように、個別の科学論文が提出され、それらをUNSCEAR等が精査し、放射線影響についてのレポートをまとめる。ICRPはそれらが出たあとで勧告をまとめる。というプロセスになっているようです(Crick, 2011)。
これを放射線審議会で審議し、国内制度に取り入れるか否かを決定します。残念ながら日本では2007年のICRP103についても受け入れるかいなかの中間報告が2011年1月にまとめられたままとなっています[1]。
これを放射線審議会で審議し、国内制度に取り入れるか否かを決定します。残念ながら日本では2007年のICRP103についても受け入れるかいなかの中間報告が2011年1月にまとめられたままとなっています[1]。
このため、最新の科学的知見からみると、ICRPでの基準は古い知見に基づいたものになります。LSS-8で既に被曝時(age at bombing)に若い者の方が影響が大きいことが示されています[2](Preston, Kato, Kopecky, & Fujita, 1987)。ICRPで年齢別の対応が取り入れられていないのは、これら研究から見ると時代遅れだといえると考えます。
Preston, Dale L., Hiroo Kato, Kenneth J. Kopecky, and Shoichiro Fujita
(1987), "Studies of the Mortality of A-Bomb Survivors: 8. Cancer
Mortality, 1950-1982," Radiation Research, 111 (1), 151-78.
なお、時代と共により低い線量までガンのリスクが有意に検出されるようになっています(Schubauer-Berigan & Daniels, 2013)。これは測定や分析手法、さらには症例数の増加などによると考えられます。
4)LNT仮説?について
p.23以降でLSS13での線量範囲を限定した分析の結果を解説されています。このようにサンプルを限定することは、サンプル数の減少、さらに説明変数(線量)の分散の減少をもたらし、放射線の影響を検出させにくくさせます。
このため、総てのサンプルを用いて、例えば100mSv以下では影響がない、100mSvを越えると線形
のように定式化、推定し、そのあてはまりを比較してモデル選択すべきです濱岡によるLSS13再分析。
・線形
f(d) = βd
・線形+2次
f(d) = β1d+β2d^2
・閾値
f(d) = 0 if(d<d0)
β(d-d0)
if(d>d0)
・d=d0で傾きが異なる(閾値はこれのβ1=0としたもの)
f(d) = β1d if(d<d0)
β2(d-d0)
if(d>d0)
少なくともLSS13、LSS14についてはLNTは単なる仮説ではなく、提案されたモデル群の中でデータへのあてはまりを少ないパラメータで実現する、最良のモデルです。LSS13、LSS14では、この一連の手続きの情報(AICなど)の提示が不十分で、わかりにくくなっています[3]。
最新の著書で、なぜかLSS13を紹介されていますが、2012年にはそれをupdateしたLSS14レポートが報告されています(Ozasa et al., 2012)。それでも同じく線形閾値無しモデルのあてはまりが最良とされています。
LSS14のデータを用いて再推定してみました。情報量基準を用いてモデル選択をすると、線形モデル、もしくは1、5,10,20mGyの閾値モデルのあてはまりが最良となりました[4]。LSSでは推定していませんが、閾値を直接推定したところ、-23mGyとなり有意ともならず、情報量基準の点からもLNTの方が良好となりました。
このように、論文の記述や読者の統計の知識の不足、さらにはそれを支持しないという他の研究結果の存在などによって、LNTはデータによる裏付けのない仮説であると信じられているようです。しかし、少なくとも被爆者データについては、いくつかのモデルと比べて、あてはまりが良いモデルです。
この他、より低線量でも白血病9、CTスキャン(Kendall et al., 2012; Mathews et al., 2013)による影響各種の影響があることを示す論文、サーベイなどが提出されています。
表 LSS14の再推定結果
注)***:1%水準で有意
*:5%水準で有意
*:10%水準で有意。
・Ozasa et al.(2012)と同様、線量の修飾項には性別、被曝時年齢、到達年齢を導入し、ベースラインに都市、性別、被曝年齢カテゴリ、到達年齢カテゴリを導入した。
・AIC,BICの計算には推定した自由パラメタの数を用いたが、これに都市、性別、被曝年齢カテゴリ、到達年齢カテゴリの層の数を加えても、モデル選択の結果は変わらない。
・推定値の欄 L1、Q1は閾値(境界値)よりも低い方、L2,Q2は高い方のERRの推定値である。
・線形スプライン、(手動)閾値モデルについては閾値(もしくは境界値)を所与として推定した。
・閾値推定モデルはRのoptim関数で対数尤度を最大化することによって推定した。それ以外はAMFITで推定した。これらはAIC、BICの定義が異なるので比較はできない。
・最下段の全域Lは閾値推定モデルと比較するためRのoptim関数で推定した結果。出所)濱岡(作成中)
5)まとめ
以上、個人線量計で被曝量を測定し、発ガンリスクが100mSv以下でも報告された例、子供への影響の大きさ、LNTに関する誤解などを踏まえると、5mSv/年という基準は甘すぎると考えます。
万が一、これを主張される場合にも、著書でいっておられる、この基準を受け入れられない方に対しては、避難への手厚い支援をするといった対応を十二分にすべきだと考えます。
万が一、これを主張される場合にも、著書でいっておられる、この基準を受け入れられない方に対しては、避難への手厚い支援をするといった対応を十二分にすべきだと考えます。
以上よろしくお願い致します。
引用文献
Crick, M. 2011. UNSCEAR: The
scientific basis for ICRP’s work, First
ICRP Symposium on the International System of Radiological Protection, Vol.
24 October 2011. Bethesda, USA: http://www.icrp.org/docs/Malcolm Crick Scientific Basic for
ICRP Work.pdf.
UNSCEAR.
2013. UNSCEAR 2013 REPORT Volume II: Scientific Annex B: Effects of radiation
exposure of children. (http://www.unscear.org/docs/reports/2013/UNSCEAR2013Report_AnnexB_Children_13-87320_Ebook_web.pdf).
UNSCEAR.
2014. UNSCEAR 2013 REPORT Volume I: Report to the General Assembly, Scientific
Annex A: Levels and effects of radiation exposure to the nuclear accident after
the 2011 great east-Japan earthquake and tsunami. (http://www.unscear.org/docs/reports/2013/13-85418_Report_2013_Annex_A.pdf).
放射線影響協会.
2005. 原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第III期調査 平成12年度~平成16年度):第2次交絡調査編: http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report3cf.pdf.
放射線影響協会.
2010. 原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第IV期調査 平成17年度~平成21年度): http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf.
[1]放射線審議会基本部会 国際放射線防護委員会(ICRP)2007年勧告(Pub.103)の国内制度等への取入れについて−第二次中間報告−http://www.nsr.go.jp/archive/mext/b_menu/shingi/housha/toushin/1302851.htm
[3]最新の皮膚癌を分析した最新の論文では、モデル比較の情報が、これまでよりもわかりやすく提示されていますSugiyama, H., Misumi, M.,
Kishikawa, M., Iseki, M., Yonehara, S., Hayashi, T., Soda, M., Tokuoka, S.,
Shimizu, Y., Sakata, R., Grant, E. J., Kasagi, F., Mabuchi, K., Suyama, A.,
& Ozasa, K. 2014. Skin Cancer Incidence among Atomic Bomb Survivors from
1958 to 1996. Radiat Res, 181(5): 531-539.[3]。
http://nonuke2011.blogspot.jp/2012/05/lsslife-span-study-13-preston-dl-y.html。